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大阪地方裁判所 平成9年(ワ)12009号 判決 1999年12月02日

原告

安部照子

被告

大山聡

ほか一名

主文

一  被告らは、原告に対し、連帯して、金一一七〇万七九〇九円及びこれに対する平成八年一月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その二を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告に対し、各自金二八三五万六九六七円及びこれに対する平成八年一月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告真和交通株式会社(以下「被告真和交通」という。)保有、被告大山聡(以下「被告大山」という。)運転の普通乗用自動車と原告運転の足踏式自転車との交通事故に関し、原告が、被告大山に対しては民法七〇九条に基づき、被告真和交通に対しては自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条及び民法七一五条に基づき、それぞれ損害賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実等(証拠によって認定する場合には証拠を示す。)

(一)  交通事故(以下「本件事故」という。)の発生

<1> 発生日時 平成八年一月二九日午前八時一五分ころ(天候晴れ)

<2> 発生場所 大阪市西区千代崎二丁目一〇番一〇号先路上(以下「本件事故現場」という。)

<3> 加害車両 普通乗用自動車(なにわ五五う三九八八。以下「被告車」という。)

運転者 被告大山

保有者 被告真和交通

<4> 被害者 足踏式自転車(以下「原告車」という。)を運転中の原告(昭和二〇年一一月一六日生。当時五〇歳)

<5> 事故態様 南北方向の道路(以下「南北道路」という。)に北東から南西に向かう道路(以下「東西道路」という。)が交わる交通整理の行われていない交差点(以下「本件交差点」という。)を北東から南に向かい左折しようとした被告車と、南北道路の歩道上を北進し、本件交差点を横断中の原告車が衝突した。

(二)  本件事故は、被告大山が左前方の安全確認を怠った過失によって発生した。

(三)<1>  被告真和交通は、被告車の保有者であり、本件事故当時、被告車を自己のために運行の用に供していた。

<2>  被告真和交通は、被告大山を雇用し、本件事故は、その業務中に発生した。

(四)  原告は、本件事故により、右足関節内果骨折の傷害を負った(甲二)。

(五)  原告の入通院状況(甲二、三)

大阪掖済会病院(以下「掖済会病院」という。)

<1> 平成八年一月二九日及び同月三〇日、通院

<2> 平成八年二月二日から同年三月三〇日まで入院(五八日間)

<3> 平成八年四月一日から平成九年一月三一日まで通院(通院実日数一二五日)

(六)  損害のてん補 合計六五一万〇〇四七円

<1> 自賠責保険金 四六五万四七五五円

<2> 労災保険休業補償給付 四四万八三八〇円

<3> 労災保険障害補償一時金 一四〇万六九一二円

二  争点

(一)  過失相殺

<1> 被告の主張

被告大山は、被告車両を運転して、東西道路を北東から本件交差点に至りその手前で一時停止をし、南北道路を走行中の車両があったため左折方向指示器を点滅させて約一五秒間停止していた。そして、南北道路の車両がとぎれたことから、左折するために発進した。原告は、被告車の左折方向指示器が点滅しているのを認めていたのであるから、被告車が南北道路の車両がとぎれれば左折のため発進することを容易に知り得たはずであり、被告車の動静に十分注意すべき義務があった。しかるに、原告は、上記注意義務を怠り、被告車が原告車の通過を待ってくれると考え、被告車の動静を注視することなく被告車の前を通過したために本件事故が発生したのであるから、相応の過失相殺をなすべきである。

<2> 原告の主張

原告が本件交差点にさしかかったとき、被告車は左折方向指示器を点滅させながら東西道路をゆっくりと進行していた。原告は、被告車が一時停止線で停止すると思い、そのまま直進したところ、被告車は、本件交差点手前で一時停止することなく本件交差点に進入し、原告車に衝突した。被告大山は、一時停止線で停止することなく、しかも左前方の注視を全く欠いていたのであるから、被告大山の過失の方がはるかに大きいというべきである。

(二)  原告の後遺障害(内容、程度及び因果関係)

<1> 原告の主張

原告は、本件事故により、右足関節機能障害及び右足指全廃の後遺障害を残して、平成九年一月三一日、症状固定した。原告の後遺障害は、右足関節については自賠法施行令第二条別表の後遺障害別等級表(以下「等級表」 という。)の一〇級一一号(一下肢の三大関節中の一下肢の機能に著しい障害を残すもの)に、右足指については等級表の九級一五号(一足の足指の全部の用を廃したもの)にそれぞれ該当し、原告の後遺障害は併合八級となる。

<2> 被告の主張

原告の右足関節と右足指の機能障害は、いずれも自動運動による可動域が制限されているのみであり、他動運動では可動域の制限はない。また、足指の機能障害の発症時期は分からず、各関節の自動運動による可動域が制限される医学的理由は明らかではない。したがっで、原告に後遺障害があるとはいえず、仮にあるとしても、本件事故と因果関係はない。また、将来回復する見込みがないとはいえない。

(三)  原告の損害(原告の主張)

<1> 入院雑費 七万五四〇〇円

入院雑費としては一日一三〇〇円が相当である。

(計算式) 一、三〇〇×五八=七五、四〇〇

<2> 通院交通費 四万五七二〇円

原告は、本件事故により掖済会病院に合計一二七日通院し、通院費用として一日三六〇円を要した。

(計算式)三六〇×一二七=四五、七二〇

<3> 休業損害 一三一万七五九〇円

原告は、本件事故当時、医療法人天野医院(以下「天野医院」という。)において看護婦として稼働していたが、本件事故により、本件事故日から平成八年四月三〇日までの九三日間は完全に休業せざるを得ず、同年五月一日から就労を開始したが、以後平成八年七月三一日までの九二日間は、夜勤の仕事が全くできず、その後も平成九年一月三一日の症状固定日まで従前どおりの就労はできなかった。そのため、休業期間中は全く給与が支給されず、職場復帰後も給与及び賞与が減少した。原告の平成七年の給与・賞与額は、合計四一〇万八五五〇円であったところ、上記休業のため平成八年の給与・賞与額は合計二七九万〇九六〇円であり、一三一万七五九〇円の減収が生じた。

<4> 逸失利益 二一三二万八三〇四円

原告の後遺障害は、等級表の八級に該当し、原告は、症状固定当時(平成九年一月三一日)五一歳であったから、六七歳までの一六年間にわたり労働能力を四五%喪失した。原告の後遺障害による逸失利益は、平成七年の年収額四一〇万八五五〇円を基礎として、新ホフマン方式により年五分の割合による中間利息を控除して計算すると、二一三二万八三〇四円となる。

(計算式)

四、一〇八、五五〇×〇・四五×一一・五三六=二一、三二八、三〇四(円未満切り捨て)

<5> 慰謝料 合計九六〇万円

(一)  入通院慰謝料 二〇〇万円

(二)  後遺障害慰謝料 七六〇万円

<6> 弁護士費用 二五〇万円

<7> 以上を合計すると、三四八六万七〇一四円となる。

<8> 原告は、上記三四八六万七〇一四円から既払金六五一万〇〇四七円を控除した残額二八三五万六九六七円及びこれに対する本件事故日である平成八年一月二九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三当裁判所の判断

一  争点(一)(過失相殺)について

(一)  前記争いのない事実等、証拠(甲一六、一七の一ないし一二、甲二一、乙二、三、原告本人、被告大山本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

<1> 本件事故現場付近の概況

本件事故現場の概況は、別紙交通事故現場見取図(以下、地点を示す場合は同図面による。)記載のとおりである。本件事故現場は、南北方向の歩車道の区別があり、中央分離帯がある片側三車線の道路(南行き車線の幅員は九・六mであり、歩道部分の幅員は四・五mである。〔南北道路〕)に北東から南西に向かう歩車道の区別がない片側一車線、幅員約八mの道路(東西道路)と南東から北西に向かう歩車道の区別のない一車線、幅員約三・八mの道路が交わる交通整理の行われていない変形交差点(本件交差点)である。東西道路の本件交差点の手前には一時停止規制がなされ、東西道路から南北道路へは、本件交差点の南東角及び北東角にビルがあり、歩道部分の車道側に街路樹や電信柱があるために見通しが悪く、東西道路の本件交差点の手前に標示されている一時停止線付近からは南北道路の状況はよく見えない。また、南北道路の歩道上から東西道路への見通しも悪かった。なお、南北道路の歩道部分は足踏式自転車の走行が許されていた。

<2> 本件事故状況

被告大山は、東西道路を西進して本件交差点付近に至った。被告大山は、本件交差点手前で減速した上、左折方向指示器を点滅させながら<1>地点で停止し、南北道路の南行き車線を走行する車両がとぎれたことから、左折するために発進し、五ないし一〇km/hで進行した。被告は、南北道路の本件交差点の北側を走行してくる車両の有無に気をとられていたため、南北道路の本件交差点の南側の状況はよく注意していなかった。そのため、<3>地点に至って初めて原告車を発見したが、急制動の措置を採るのとほぼ同時に、<×>地点で被告車前部が原告の右足に衝突し、被告車は<4>地点に停止し、原告車は<イ>地点に倒れた。

一方、原告は、南北道路東側の歩道部分を北進して本件交差点に至り、本件交差点の手前約二mのところで、東西道路の方を見たところ、被告車が左折方向指示器を点滅させながらゆっくりと進行してくるのを見た。しかし、原告は、被告車が停止するものと思い、そのまま直進したところ、<×>地点で被告車と衝突した。

以上の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

(二)  上記認定の事故態様に照らせば、被告大山には、本件交差点に進入するに際しては、南北道路を進行してくる車両の動静だけでなく、南北道路の歩道部分を通行してくる自転車や歩行者にも注意する義務があったにもかかわらず、これを怠り、南北道路の南行き車線の動静に気をとられたまま、進行した過失がある。

一方、原告も、東西道路を左折方向指示器を点滅させながら進行してきた被告車に気づいていたのであるから、被告車の動静に十分注意して本件交差点を横断すべきであったといえなくもない。

しかしながら、被告車進行の東西道路の本件交差点手前には一時停止の規制がなされていたのであって、被告大山は、南北道路に進出するに当たっては、車道のみならず、歩道上の歩行者、自転車にも十分注意を払わなければならなかったにもかかわらず、これを怠り南北道路を北から南に進行してくる車両のみに気をとられ、本件交差点南側の歩道上の歩行者等についての注意がほとんどなされないまま発進進行するという重大な過失が存すること、被害車の速度は五ないし一〇km/hと低速であり、原告が停止してくれるものと考えたことについては無理からぬ点もあることを総合考慮すると、本件においては、特に過失相殺をしなければ公平に反するということはない。

したがって、過失相殺の主張は採用しない。

二  争点(二)(原告の後遺障害〔内容、程度及び因果関係〕)について

(一)  原告の症状の経過

前記争いのない事実等、証拠(甲二ないし六、一八ないし二一、乙一ないし八、原告本人、調査嘱託の結果)及び弁論の全趣旨によれば以下の事実が認められる。

<1> 原告は、本件事故後原告車に乗って(右足は痛くてペダルを強く踏めなかったため、左足を主に使って走行した。)勤務先である天野医院へ行き、X線撮影により右足関節に骨折が見つかったことから、同日(平成八年一月二九日)及び同月三〇日、掖済会病院に通院し、右足内果骨折と診断され、ギプス固定をされた。

<2> 原告は、観血的骨接合術をするため同年二月五日から掖済会病院に入院する予定であったが、同月二日から右足の腫れと痛みがひどくなってきたため、同日から同病院に入院し、同年三月三〇日に退院した。原告の掖済会病院入院中の所見及び治療内容は以下のとおりであった。

(ア) 二月二日

右足の痛み(自制内)、右下腿に腫脹があったが、しびれはなかった。

(イ) 二月三日

右膝下部に皮下出血が認められ、右下腿後面が内出血のため、紫色になっていた。

(ウ) 二月四日

持続していた腫脹はやや軽減し、痛みは自制内で、しびれはなかった。また、右足を下垂すると痛みがあった。

(エ) 二月五日

右下肢に腫脹があり、紫色になっていた。痛みは自制内で、しびれはなかった。

(オ) 二月七日

観血的骨整復術を受けた。自制できない程度の創痛があったため、ボルタレン座薬が投与された。右足の運動は良好であった。

(カ) 二月八日

右足痛は自制内となり、腫脹は持続していたが、しびれはなかった。右足指の運動は良好であった。

(キ) 二月九日から三月四日

腫脹は軽減し、痛みもなくなっていき、足指の運動は良好であった。二月一七日、右下腿後面が暗紫色になり、痛みがひどくなったが、やがて痛みはなくなっていった。原告は、二月二八日、看護婦に対し、右足関節の可動域につき、背屈はわずかにできるが、底屈ができないと述べた。

(ク) 三月四日から同月二八日

三月四日から起立・歩行訓練を開始した。リハビリのために装具を付けると腫脹が出た。三月二六日には、右下腿以下の色もよくなってきた。

(ケ) 三月二九日

右下腿の外観は正常で、足関節から足背の循環障害はないが、装具を長時間着用するとやや浮腫状になり、皮膚色がやや落ちる状態であった。右足関節内果部を中心にやや痛みがあり、右足関節の可動域(自動運動)は、背屈〇度、底屈四〇度であった。

(コ) 三月三〇日

退院した。

<3> 原告は、平成八年四月五日から平成九年一月三一日まで掖済会病院に通院し、リハビリ治療を受け、同日、症状固定したが、その間の主な症状等は以下のとおりであった。

骨形成が良好であったため、平成八年七月一〇日、抜釘術を受け、その後、同月一九日には右足関節の伸展が不十分で正座ができなかったが、同年九月二七日には正座可能となった。また、原告は、同年一二月二〇日には、右足関節が使えない、足底のびりびり感があると訴えた。平成九年一月三一日には、足関節の動き悪く、しびれを訴えた。また、原告は、同月になり、足指が動かないことに気がついた。

平成九年一月三一日(症状固定日)の原告の症状は、以下のとおりであった。

自覚症状は、足関節の可動域制限(正座、階段が不自由)、右足第一趾を中心とした足指の運動制限(第一趾はほとんど動かない)、右足底及び足指のしびれ感並びに歩行時の足関節の疼痛(急に走れない)であった。他覚的所見は、右足関節の可動域制限と右足指の可動域制限であり、可動域は以下のとおりであった。

足関節

背屈(自動運動)

マイナス一八度

二〇度

底屈(自動運動)

四二度

五七度

足指

ほとんど自動運動不能

<4> 原告の、平成九年六月二日ころの、足指の可動域は、以下のとおりであった(乙一八)。

なお、MPは中足指節間関節、IPは指節間関節、PIPは近位指節間関節、DIPは遠位指節間関節である。

他動

自動

他動

自動

第一趾

MP

屈曲

六五度

〇度

六五度

六五度

伸展

八〇度

〇度

八〇度

八〇度

IP

屈曲

四〇度

マイナス三〇度

四〇度

四〇度

伸展

三〇度

三〇度

一〇度

一〇度

第二趾

MP

屈曲

二〇度

マイナス三〇度

三〇度

三〇度

伸展

七〇度

三〇度

七〇度

七〇度

PIP

屈曲

六〇度

二〇度

六〇度

五〇度

伸展

〇度

マイナス二〇度

〇度

〇度

DIP

屈曲

三〇度

〇度

四五度

四五度

伸展

〇度

〇度

〇度

〇度

第三趾から第五趾のMP、DIP及びPIPの関節可動域は、他動右と、左(自動、他動とも)は正常であり、自動右は若干動く程度である。

<5> 原告の、平成九年七月二五日ころの、足指の可動域は、以下のとおりであった(いずれも自動運動)(甲四)。

第一趾

MP

屈曲

〇度

六五度

伸展

〇度

八〇度

IP

屈曲

マイナス三〇度

四〇度

伸展

三〇度

一〇度

第二趾

MP

屈曲

マイナス三〇度

三〇度

伸展

三〇度

七〇度

PIP

屈曲

二〇度

五〇度

伸展

マイナス二〇度

〇度

DIP

屈曲

〇度

四五度

伸展

〇度

〇度

第三趾

MP

屈曲

〇度

三〇度

伸展

〇度

七〇度

PIP

屈曲

一五度

四〇度

伸展

マイナス一五度

〇度

DIP

屈曲

〇度

四〇度

伸展

〇度

〇度

第四趾

MP

屈曲

〇度

三〇度

伸展

〇度

七〇度

PIP

屈曲

二〇度

四〇度

伸展

マイナス二〇度

〇度

DIP

屈曲

一五度

六〇度

伸展

マイナス一五度

〇度

第五趾

MP

屈曲

〇度

三〇度

伸展

〇度

七〇度

PIP

屈曲

〇度

四〇度

伸展

〇度

〇度

DIP

屈曲

〇度

五〇度

伸展

〇度

〇度

(二)  自賠責保険では、原告の後遺障害につき、右足関節の機能障害は等級表の一〇級一一号に該当し、右足指の機能障害は、非該当と判断された。

(三)  労災保険では、原告の後遺障害につき、右足関節の機能障害は労働者災害補償保険法施行規則別表第一の障害等級表の第一〇級の一〇に、足指の機能障害は上記等級表の第九級の一一にそれぞれ該当し、併合八級と判断された。

(四)  以上認定の各事実に、本件事故態様を併せ考慮すると、原告の本件事故と因果関係のある後遺障害は、右足関節の機能障害(等級表の一〇級一一号該当)のみであり、右足指の機能障害については本件事故と因果関係を認めるには至らない。

その理由は以下のとおりである。

<1> 原告は、本件事故により、被告車の前部と原告車との間に右足を挟まれ、右足関節内果骨折の傷害を負ったものであり、右足関節の可動域は、健側である左足関節の可動域の約半分(自動運動にて)に制限されているから、等級表の一〇級一一号(一下肢の三大関節中の一関節の機能に著しい障害を残すもの)に該当するものといえ、これを覆すに足りる事情は見出せない。

<2> 原告の右足指は、他動運動においては健側である左足指の可動域とほぼ遜色がないものの、自動運動においては第一趾から第五趾までほぼ動かせない状態にあるのであるが、掖済会病院に入院中(平成八年一月三一日まで)は右足指は動いていたこと、原告が右足指が動かないと気がついたのは平成九年一月になってからであることからすると、原告の右足指の運動が制限されるようになったのは平成九年一月ころのことであると考えられ、本件事故からは約一年経過していること、本件事故により右足指の自動運動のみの制限が生じていることについて医学的な説明ができないことからすると、原告の右足指の機能障害については、本件事故との間に因果関係を認めるには至らないというほかない。

なお、原告本人尋問の結果中には、掖済会病院入院中の右足指の運動良好との診療録(乙一)中の看護記録の記載について、看護婦が原告の足指を手で動かして(他動運動)動きに異常がなかったからそのように記載したものである旨の供述部分が存するが、その当時原告は足指の運動機能について訴えていたわけではなかったこと、足指の運動につき他動運動についてのみ記載するのは通常とは思われないことからすると、原告の前記供述部分は採用できない。

<3> また、原告の主治医である鈴木隆医師は、自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書(甲三)、調査嘱託に対する回答において、次のような判断を示している。

(ア) 四肢の筋・神経組織は、筋膜という伸縮性の極めて乏しい結合織性組織によって囲まれており、この閉鎖空間をコンパートメントという。コンパートメント症候群とは、四肢のコンパートメント内圧が、何らかの原因により上昇して循環不全が生じ、コンパートメント内の筋・神経組織の壊死、機能障害をきたす疾患である。外傷が原因の場合は、受傷後数時間ないし数日で発症することが多い。症状は、耐えがたい痛み、運動麻痺、知覚異常、脈拍の消失ないし弱化及び皮膚の緊満などである。

(イ) 原告の場合、右下肢の腫脹はあるが、激しい疼痛や異常感覚など、コンパートメント症候群の特徴である症状を呈していないので、典型的なコンパートメント症候群ではないと思われる。そして、原告は、自動車のバンパーと自転車との間に右下肢を挾まれており、原告が骨折していることを考えると、かなり強度の圧迫が右下肢に加わっていると考えられ、一時的に下肢の損傷を被り足指の運動障害が生じたのかもしれない。しかし、原告の訴えである足のしびれ感、ぴりぴりと電気の流れるような疼痛などの神経症状は上記圧迫による筋肉の損傷だけでは説明できない。以上のようなことを考慮すると、受傷後、コンパートメント内の内圧が亢進し、一種のコンパートメント症候群のような現象が生じ、右足関節及び右足指関節の機能障害が生じたものと思われる。なお、原告の後遺障害が、コンパートメント症候群様の障害によるものか、上記の一時的な筋損傷によるものかは断定できないが、いずれにしても本件事故による受傷が原因であると思われる。

しかしながら、鈴木医師の上記判断には、次の疑問があり、これをもって本件事故と原告の右足指の機能障害との間に因果関係を認めるには至らない。すなわち、証拠(乙四ないし七)によれば、外傷にともなって生じるコンパートメント症候群においては、<1>激しい疼痛がみられ、時間とともに増強し、傷害を受けた筋を自動的または他動的に動かすと増強することが特徴であり、<2>コンパートメントを通る神経の麻痺による種々の知覚障害がみられ、これも時間とともに増強するとの症状を呈すること、<3>受傷後数時間ないし数日で発症することが多いことが認められるのであり、以上の点については、前記認定のとおり原告の症状経過中にはこれに該当する状況はなかったものであり、他にコンパートメント症候群を示す他覚的所見(内圧の亢進を示す検査結果等)はなく、鈴木医師の前記判断は、原告が本件事故以前において右足指に機能障害はなく、本件事故後において前記認定のとおり自動運動が制限されていることから、本件事故により右症状が発生したことを所与として、その説明をするために、典型的なコンパートメント症候群ではないが、一種のそれであるとか、一時的な筋損傷(これ自体明確ではない。)が原因ではないかと推測しているにすぎないと思われる。

なるほど、本件事故と原告の右足指の機能障害の因果関係の認定については、自然科学的証明までは必要ないが、通常人が医学的に納得しうる説明の程度の心証は必要というべきであり、本件においては、その程度に至らない。

三  争点三(原告の損害)について

(一)  入院雑費 七万五四〇〇円

入院期間五八日間にわたり、一日一三〇〇円をもって相当と認める。(原告主張のとおり)。

(計算式) 一、三〇〇×五八=七五、四〇〇

(二)  通院交通費 四万五七二〇円

証拠(甲二、三、乙二、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、掖済会病院に合計一二七日通院したこと、通院費用として一日三六〇円(バス代片道一八〇円)を要したことが認められるから、本件事故による通院交通費は、下記の計算式のとおり四万五七二〇円をもって相当と認める(原告主張のとおり)。

(計算式) 三六〇×一二七=四五、七二〇

(三)  休業損害 一三一万七五九〇円

前記争いのない事実等、証拠(甲七ないし九、乙一、二、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故当時、看護婦として天野医院に勤務していたこと、原告は、本件事故日から平成八年四月三〇日まで天野医院を欠勤したこと、同年五月一日から仕事に復帰したが、同年七月三一日までは午前中の勤務のみで、その内容も座ってできるような仕事(血圧測定、患者の呼び込み、処置室での注射等)に限定されていたこと、症状固定日 (平成九年一月三一日)まで本件事故と無関係の理由で就労しなかったような事情は見出せないこと、平成七年の年収額は四一〇万八五五〇円であり、平成八年の年収額は二七九万〇九六〇円であったことがそれぞれ認められる。

そうすると、原告の本件事故による休業損害は、平成七年の年収額四一〇万八五五〇円と平成八年の年収額二七九万〇九六〇円の差額である一三一万七五九〇円と認めるのが相当である。(原告主張のとおり)。

(四)  逸失利益 九四七万九二四六円

前記認定のとおり、原告は、本件事故のため、平成九年一月三一日、等級表一〇級一一号に該当する後遺障害を残して症状固定し、症状固定当時、原告は五一歳であったものであり、一方、証拠(甲二一、原告本人)によれば、原告は本件事故後も天野医院に勤務し、本件事故前と比較して減収を生じていないことが認められる。

しかし、逸失利益の算定は、減収の有無だけではなく、労働能力の低下の程度、将来の昇進、転職、失業等不利益の可能性、日常生活上の不便等を総合考慮して行われるものであり、証拠(甲二一、原告本人)によれば、右足の関節機能障害のため、機敏な動きができなくなったり、処置等で左膝をつかなければ仕事ができず不便な思いをしたり、老人や障害者の介助ができなくなったことが認められ、上記事実からすると、今後天野医院においての勤務を継続できなくなるおそれがあること、日常生活において、階段の上り下り等に不自由を来していることが認められることなどからすると、減収がないことの一事をもって逸失利益が認められないとすることは妥当ではなく、前記認定の各事情を考慮すると、原告は、その労働能力を六七歳までの一六年間にわたり二〇%喪失したものと認めるのが相当である。

そこで、原告の平成七年の年収額四一〇万八五五の円を基礎として、年五分の割合による中間利息を新ホフマン方式によって控除すると、原告の後遺障害逸失利益は、次の計算式のとおり九四七万九二四六円となる(原告主張額二一三二万八三〇四円)。

(計算式)

四、一〇八、五五〇×〇・二×一一・五三六=九、四七九、二四六(円未満切り捨て)

(五) 慰謝料 合計六三〇万円

<1>  入通院慰謝料 一五〇万円

原告の傷害の内容、程度、入通院の期間、治療の内容、その他本件に現れた一切の事情を考慮するとき、入通院慰謝料は、上記金額をもって相当と認める(原告主張額二〇〇万円)。

<2>  後遺障害慰謝料 四八〇万円

原告の後遺障害の内容、程度、その他本件に現れた一切の事情を考慮するとき、後遺障害慰謝料は、上記金額をもって相当と認める(原告主張額七六〇万円)。

(六) 以上を合計すると、一七二一万七九五六円となる。

(七) 損益相殺後の損害額 一〇七〇万七九〇九円

前記一七二一万七九五六円から既てん補額六五一万〇〇四七円(争いのない事実等(六))を控除すると、一〇七〇万七九〇九円となる。

(八) 弁護士費用 一〇〇万円

本件の事案の内容、難易度、本件審理経過、認容額等に照らし、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は一〇〇万円をもって相当と認める(原告主張額二五〇万円)。

(九) 合計

上記(七)に(八)を加えると、一一七〇万七九〇九円となる。

第四結論

よって、原告の請求は、金一一七〇万七九〇九円及びこれに対する本件事故日である平成八年一月二九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

(裁判官 吉波佳希 齋藤清文 三村憲吾)

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